唐の末期、節度使や観察使などが地方政権化し、唐の中央集権体制は大きく揺らぐ。
唐が滅亡すると五代十国の諸王朝になった。


五代の乱世に乗じて北方から契丹の圧力が強まっていた。危機感を募らせた後晋の石敬瑭が、燕雲十六州を割き、契丹を兄とする礼をとったため、統一された宋(北宋)時代に至るまでその屈辱は続いた。
西夏は東西交通の要地を押さえ、宋の西方の門を封じた。